経団連タイムズ寄稿:日本型雇用システムの将来展望<5>

一般社団法人日本経済団体連合会の機関紙、「週間経団連タイムズ」に8回シリーズで連載をしています。今回は第5回目の原稿を紹介させていただきます。
                         
                                   特定社会保険労務士 鈴木孝嗣

第五回 長期雇用と人員調整

             (2020528日号)


筆者は、人事担当として1000人以上の早期退職の募集を3回経験し、自身も応募して転職した。東京商工リサー

チの調査では、202012月に早期・希望退職者を募集した上場企業は19社に達し、2カ月で19年の1年間(36)

の半分と急増している。情報元00年以降、大手企業は退職金加算をインセンティブに退職者を募る「早期退職」を人員削

減のカードとして多用するようになり、日本企業の長期雇用慣行には、「平時のみ」という制限が付くこととなっ

た。

長期雇用慣行は、向上意欲のある従業員にはよいシステムである。雇用安定のゆえに達成困難な課題にも果敢にチャレンジする気になれるし、長期的な視点で物事を考えることができる。短期目標にこだわる欧米企業では、日本の大企業なら本社の課長クラスでも任される5年先の計画策定などしている余裕はなく、四半期毎の業績を気にして首を洗って待つ心境になる。

 長期雇用慣行を効果的に維持するための課題は、長期にわたり従業員のモラール(意欲)を維持・向上させることである。しかし、すべての従業員に期待するのは現実的ではない。人事異動やローテーションがリフレッシュにはなるものの、社内レースの結果がみえてくる40代半ば以降の従業員全体のモラールを上げるには力不足である。年功賃金制度をとってきた日本の大企業では、報酬に見合わないローパフォーマーが生まれ「働かないおじさん」として若手社員から揶揄されることになる。

 

一方、欧米企業では、PIPPerformance Improvement Plan、業績改善計画)を行うのが一般的である。期待される業務目標やレベルを下回る従業員に対し、期限を設け具体的な業績目標やアクションプランを設定し、進捗状況を確認しながら進める業務改善指導である。指導の結果、目立った改善がみられない場合は、退職勧奨等のプロセスへと進むことになる。長期雇用慣行に慣れた身には「冷たい仕打ち」ととらえられがちであるが、仕事とパフォーマンスの乖離が長く続き、手を尽くしても改善の見込みがない場合には、その会社でのキャリアをリセットし、自分に合う職種を他社で探すのは本人にとってもひとつの選択肢になる。

 

職場に点在するローパフォーマーを放置したまま、経営不振になると年齢基準等の仕切りによる全社一律の早期退職を実施し、退職加算の特損と引き換えに人員を減らして翌年だけはV字回復する。抜本的な経営・人事システムの改革を怠ったまま、景気が回復すれば人員を補充し、不況になれば再び早期退職を行う日本企業が後を絶たない。これに比べれば、通年で厳しい人員調整を行う欧米企業の方が、従業員に対して親切な扱いをしていると思えてくる。 

 

企業は福利施設ではない。報酬に見合うパフォーマンスを上げない者には、日常的な改善指導を行うのが経営の責任であり、これを避け続け、突然起きた自然災害のように一律の早期退職を行い、有能な人材まで失ってしまっては元も子もない。