ビジネスパーソンの必要条件

2019年10月25日に東大駒場キャンパスで行った「教養学部生のためのキャリア教室」の授業の最後に持論である「ビジネスパーソンの必要条件」の話をしたが、雑談をし過ぎて時間が足りなくなったために不十分な説明になってしまった。学生から「いまひとつ分からないので具体的に説明してほしい」と質問され、一応回答はしたのだが、改めて言わんとすることを整理してみたい。

                            

やむことのない企業不祥事の報道を目にするにつけ、「企業も社会の一員である」ということを常に認識し、公正で透明性の高い企業行動に徹することが重要だと感じる。このことを明文化して社員に徹底している企業は多いはずだが、経営トップを含め、実際に行動する従業員一人ひとりにその自覚があり行動できるかどうかが最重要ポイントになる。

                              

人事屋として38年間ビジネス社会に関わった経験から、ビジネスマンに必要な条件は、「正しい倫理観に裏打ちされた知力を持ち、それを行動に移せること」だと確信している。このことは、拙著「外資系企業で働くー人事から見た日本企業との違いと生き抜く知恵」(2018年、労働新聞社)でも触れているが、以下、順を追って説明する。

                      

まず、ビジネスパーソンに必要な条件は3つある:

①正しい倫理観

②知力

③行動力

                          

次に、上記3つの要素を数学の「集合」の概念で考えた場合、「行動力」は「知力」の部分集合であるべきであり、「知力」は「正しい倫理観」の部分集合であるべきである。

 

行動力<知力<正しい倫理観

 

であるべきだと考えている。

                            

だが現実には、倫理観の欠如した悪知恵や、考える前に汗だけを流す徒労が多いように見受けられる。

                    

長年の慣行だから(流れに従っただけだと自らに)言い訳をし、企業コンプライアンスや倫理に反する金銭の授受を行おうとするのは、正しい倫理観を欠いた知力の典型である。不適切な金銭収受につき巨大公営企業の経営幹部の名前が報道された際、大学クラスメートの名前がないかどうかを新聞で確認し、安堵したのはつい最近のことである。

達成不可能なほどストレッチした売り上げ目標を本社から押しつけられると、「Never Give Up!だ」と部下を叱咤し、具体策も示さずに見込みのない顧客への訪問を強要するといったケースはビジネス社会でよく見られる知力なき行動力の典型例である。

 

 

 

 

長期雇用が一般化している日本企業の中では、悪弊と思われるビジネス慣行があっても、これを是正しようと内部から言い出すには勇気がいる。外部に対しては説明可能な理屈がないのに、内部の論理では通ってしまうことがないのかどうか。まずは、トップ自らが因習や悪弊を看過せずに決然たる姿勢で臨むことが何よりも大切である。社外役員や社外監査役など、第三者の立場からものを言える人を増やすことは一つの処方箋にはなりうるが、トップ自身の人格と覚悟が何よりも重要であることは論を待たない。

                                

しかし、経営幹部のせいだけにせず、すべての従業員が、「正しい倫理観に裏打ちされた知力を持ち、それを行動に移すこと」を実践するように心がけることが重要である。これこそが健全なビジネス社会を構築する基本であり、気持ちよく働くための必要条件であり、良いキャリアを創っていくための前提条件である。後ろめたいことをして報酬を稼いで経済的に豊かになったとして、いったい何になるだろうか?いつかはばれるかもしれないとびくびくしながら生活を送ることが、良いキャリアになるだろうか?

                                

雇用を失うことで収入の道が断たれるのが心配、家族の扶養もしなければならない・・・これは、もちろんよく分かる。譲れない一線を超えない範囲で、我慢するのが必要なときもあるかもしれない。


しかし、倫理に反するような、あるいは、あまりに理不尽な決断や行動を迫られたとき、決めるのは自分自身である。「このままで良いのか?」と自身に問うことになるが、決断した結果を他人のせいにはできないことに留意する必要がある。

                                          

他の識者の非難を受けるような下劣な行いを、決してしてはならない。

ブッダのことば「スッタ二パータ」慈しみより 中村元訳 岩波文庫